エドワードバッチ博士が提唱する食養生
*アロマトピア2006年9月号、食と健康-自然療法の智慧と最新事情(フレグランスジャーナル社)掲載記事を加筆訂正したものです。
バッチフラワーレメディの創始者として知られるエドワードバッチ博士(Dr. Edward Bach 1886〜1936)はフラワーヒーリングを創始する以前は、人間の腸内細菌を研究する細菌学者でした。博士は腸内に生息する病原性バクテリアから7種類の経口ワクチンを作成し、多くの難病治療に目覚しい成果を挙げていましたが、やがてホメオパシーとの運命的な邂逅によってこれらのワクチンはバッチノソードと呼ばれるホメオパシックなレメディへと進化していったのです。当時のバッチ博士の考えは腸内にはびこる多種類の桿菌によって産生された毒素が血流へ吸収されることで起こる毒血症があらゆる慢性病の原因であり、これらの有害な菌を取り除くことによって健康は回復されるというものでした。
(1)このテーマについてバッチ博士は1924年ロンドンで開催された英国ホメオパシー学術大会で「腸内毒血症と癌の関係」という演題で講演を行い、その内容は同年10月に刊行された「ブリティッシュホメオパシックジャーナル」に掲載されています。自らも癌で九死に一生を得た博士にとってこの研究は他人事ではなく、まさに「自らを癒す」ためのものであったと考えられます。上記の講演の中で博士は局所的な治療ではなく健康に関する全体的な改善によって利益が得られ、これらの方法によって進行した手術不能な癌(末期ガン)のケースの25%に一時的回復と症状の軽減が見られたことを報告しています。
(2)この中で博士は
@文明化された食事は不自然であり、健康のために必要な、腸を清らかに保つ性質が欠けている。
Aこの結果として腸内でおこる状態は異常な細菌叢と腸を洗浄する有機体の欠如、毒素を生成するバクテリアの繁殖を可能にし、その結果として糞便は好ましくない危険な状態になる。
Bこの状態の除去と消化管の浄化は全般的な健康に、通常ほとんどの慢性的な病気においても局所的な治療をすることなく最も著しい改善をもたらす。今までの研究からこの最も単純な治療法が悪性の病気にかかる確率を下げさらに完全な理解が得られればすでに定着してしまった病気の治療にさえ役立つという望みがあると思われる、と述べています。
(3)また、食材におけるビタミン類の不足、動物性タンパク質の過剰摂取、食物の調理、加工、保存の方法が自然の法則から外れていること、など、食に関する今日的問題が既に80年以上前に取り上げられている点は注目に値します。現代においてそれらの問題は更に根深く悪化しているに違いありません。
(4)ホメオパシーの創始者サミュエル ハーネマンは、人間が遺伝的に持ちうる病的土壌(素因)をマヤズム(Miasma)と名付けましたが、発見されたマヤズムのうちPsora(ソラ)と呼ばれる乾癬マヤズムについてだけはその原因とメカニズムが不明でした。このマヤズムは慢性的な皮膚疾患を特徴としますが、バッチ博士は、腸内にはびこる病原性バクテリアが産生する毒素が腸壁から吸収されることによって引き起こされる全身的な疾患(毒血症)が乾癬マヤズム(Psora)の正体であることを突きとめたのです。このことはアトピー性皮膚炎などの慢性的皮膚疾患において、腸内環境やその背後にある食生活と病状との密接な因果関係にその相関を見ることができます。
健全な食事によって保たれる健康な腸内環境の中では毒血症を引き起こす異常な腸内バクテリアはかろうじて存在できるだけであり、直ちに毒素を生成することは不可能である一方、腸内のアルカリ性環境は大部分の病原性バクテリアの温床になるということ、腸内を浄化する乳酸菌はアルカリ性の中では死んでしまうこと、など長年の研究に裏付けられた事実は現在においても重要な示唆を与えてくれます。これはいわゆる悪玉菌を駆逐したり除菌することが問題を解決するのではなく、正しい食事によって腸内細菌バランスが調和を回復した時、悪玉菌(と人間が呼ぶ菌)は悪ではなくなるということを意味しています。腸内にはとても多くの種類の大腸菌が生存しており、その中には悪玉菌と呼ばれるものや善玉菌と呼ばれるものがありますが、健全な腸内環境のもとでは菌たちは互いに食べたり食べられたりしながら全体の調和を保っているのです。ですから大切なのは悪玉菌を非難したり攻撃したりすることではなく、悪玉菌が人体に悪影響を与える必要がないようなバランスのとれた腸内環境を取り戻すことなのです。このことは腸内だけではなく腸外、つまり私たちが生きている世界全体にも当てはまることです。腸内の病原性バクテリア(悪玉菌)が人体を滅亡の危機に陥れるのと同様に、この地上において強大な軍事力と経済力を背景に世界を席巻しているアメリカ、中国、ロシアなどの帝国主義的テロ国家は、その人道を外れた大規模な殺戮と環境破壊、数え切れない陰謀等によって人類の存続そのものを危機にさらしています。病原性バクテリア(悪玉菌)に対する効果的な治療法が除菌(抗生物質投与・他の多くの善玉菌を死滅させ、悪玉菌の耐性化を促進する)ではなく、大腸菌ノソード(病原性大腸菌から作られたレメディ)の処方と健全な食生活であるように、帝国主義や金権政治に対する正しい対処法が軍事闘争や政治運動ではないことは確かです。人間社会にとって、腸内に調和をもたらす腸内細菌ノソードや自然食のような方策は何でしょうか? 病原物質そのものを希釈して活性化したレメディと、善玉菌が喜び心身全体を元気にする滋養分を人間世界に置きかえて考えてみることは、「世界の健康」を実現するためにとても有益なことです。人体が滅びれば腸も腸内細菌(善玉も悪玉も)も全て滅びるように、世界が滅びれば私たち一人一人も死滅するほかはないのですから。
博士が提唱する好ましい食事は肉を除いた、加工していない野菜や果物、ナッツ、シリアルによって構成されています。これらを食べ続けると腸内毒素は激減し、長期間継続すると有害な病原菌をかなり減らすことができますが、病原菌は胆のうや胆管にとどまり続けるため顕著な効果が出るまでに数年かかるとのことです。また、腸の洗浄や除菌は一時的に効果はあっても永久的ではなく、病原性腸内細菌の除去は容易ではないことがうかがわれます。しかし、食事療法と共に細心の注意の元に扱われるノソード(腸内病原菌から作ったレメディ)による治療は、腸の浄化と解毒によって消耗性の慢性病においても抵抗力を増し、全般的な改善をもたらすことを強調しています。
バッチフラワーヒーリングは心を癒す花の療法ですが、そこにたどりつくまでのバッチ博士の研究の変遷を調べてゆくと、博士が生命、健康、人生について、どのように理解を深めていったかがよくわかります。フラワーエッセンス、ネイチャーエッセンス(鉱物や動物、天体など花以外のエッセンスも含む総称)、ホメオパシーなど、いわゆるレメディ(心身の中庸を回復させる薬の意)を用いるセラピーやヒーリングが広く普及しつつある今日において、ともするとスピリチュアルなレベルに関心が偏りがちになり物質レベルの肉体を養う食に対する理解がおろそかになる傾向がよく見られるのは残念なことです。「正しいレメディを飲んでさえいれば何を食べていても大丈夫」と言う人はきっと間違ったレメディを服用しているに違いありません。逆に「心は食べ物で出来ている」と主張する唯物的ベジタリアンは心と霊性についてもっと深く学ぶ必要があるでしょう。
ある有名な食通が「食べているものを見ればその人がどんな人間かわかる」と語ったという逸話があります。人間の体質と気質は明らかに相関しており、食によって保たれる肉体とその肉体に宿る魂との間には深い相互作用があります。粗悪なガソリン(悪い食事)をいつも使っている車(肉体)のエンジン(内臓)は早く傷むのは必至で、エンジンの調子が悪くなる(慢性的内臓疾患)と運転手(精神)の気分も悪くなり(人生の)目的地にたどり着くのが困難になります。
フラワーレメディによって、心が癒されてゆくと、心が宿る肉体の仕組みやはたらきをよく理解し、いのちがよろこぶ食物を摂るということの重要性に目覚めてゆくことでしょう。